原油の「調達」と「活用」の多角化を実現する
2020年、経済産業省が「原油の調達先の多角化を今後も継続していく」と中東地域以外からの原油の調達を進める考えを示した。政府としても中東地域からの原油輸入に偏る日本の現状に対して危機感を抱いている。原油多角化プロジェクトはその課題に対して切り込む新たな取り組みだ。
田沼:現在日本は、原油の約8割以上を中東から調達しています。しかし中東は地政学的リスクが大きく、紛争等が起きれば原油が調達できなくなるというリスクを常に抱えています。それを回避することと、世界中から安価な重質原油を調達し付加価値の高い軽質油を多く生産することで限りある石油資源を有効に活用していくことが、原油多角化プロジェクトの大きな目的です。プロジェクトの肝になるのが、堺製油所(大阪府堺市)にある重質油熱分解装置(コーカー装置)です。コーカー装置は、需要が縮小している重質油(アスファルト)を熱分解して軽質油(灯油や軽油など)を作り出すことができる装置です。一般的に軽質油は重質油に比べて高価です。つまり、アスファルトのような重質油からナフサや灯油、軽油といったより付加価値の高い軽質油を生み出すことができます。そのため、重質油が多く含まれる中東以外の地域の原油も精製できるようになるわけです。コーカー装置の増強によって原油選択の幅が広がり、中東だけに頼らず原油調達の多角化の達成が可能となります。
新海:2010年から堺製油所でコーカー装置が稼働を始めました。アスファルトをコーカー装置にかけると、燃料油などの製品になる油と石油コークスが出てきます。つまり、重質油を絞り出して、液体と固体に分けるイメージです。コークスは発電に活用することができます。石油を最後の最後まで使い切るイメージです。
さらなる有効活用に向けた大きな壁
日本でも前例の少ないコーカー装置の更なる有効活用にむけては、コーカー装置の処理能力を高めなければならないという大きな課題が存在した。
新海:コーカー装置にはドラムが2つあり、片側に重質油を通して分解反応により液体と固体(コークス)に分けていきます。ドラムが満タンになればもう一方のドラムに切り替えていきます。そのため、効率的に装置を運転するには、なるべく早く満タンになったドラム内のコークスを冷やして、コークスを排出していかなければいけません。この切り替え頻度をいかに多くするかということが非常に重要なポイントでした。今回のプロジェクトでは、運転当初と比較して約3割の時間を短縮するという目標を設定しましたが、それは非常に難易度の高い目標でした。
田沼:設備改造のためには、一度装置を止めて工事をしなければいけません。しかし、製油所の稼働を止めるのには莫大な損失が発生するため、全装置を停止して行う4年に1回の大規模なメンテナンス期間での設備改造に向けて、エンジニアリング会社をはじめ社内・社外の多くの関係者との調整が必要でした。いかに納期を守った上で低コストかつ高品質なものをつくれるか。どんなプロジェクトでも大切なことですが、これだけ大規模なプロジェクトでそれを実現することは非常にハードルの高いことでした。
新海:質を保ちながら時間を3割短縮するというのは、やはり簡単なことではありません。それが実現できたのは、2010年からさきがけてコーカー装置を稼働させていたことでコスモに蓄積されたノウハウと、運転員の方々の努力の賜物だと思います。
「オールコスモ」だからこそ実現できた
大規模な工事を実現するためには、既存のプロジェクトチームだけではマンパワーが足りないという現実もあった。間に合わないかもしれない、実現できないかもしれないという危機をどのように乗り越えたのか。
新海:正直ギリギリの状況でした。しかし社内で状況を理解して頂き、堺製油所内だけでなく、他の製油所や本社からも多くの方に応援に来てもらい、サポートして頂きました。
田沼:コスモで働く人にとって、このプロジェクトが未来を創る希望だという思いがあったからだと思います。そして、力を合わせなければ実現できないという状況も皆が理解してくれていた。そんな時こそ力を合わせ全社一丸となって協力するという姿勢が、コスモの良さだと思います。
新海:2019年末の試運転は本当に緊張しました。私と田沼さんはそれぞれ別の場所にいました。試運転を開始後、装置から出てくるデータを見て、無事に運転できていることを確認し、安堵したことを覚えています。
田沼:試運転の状況はタイムリーに全社に共有されていたので、私たちだけではなく会社全体が見守っていてくれたような感覚です。新海さんが安堵したとおっしゃりましたが、私も同じ気持ちでした。皆の気持ちを形にして無事にスタートできたという安堵感がありました。
新海:「原油多角化」という石油活用の、確かなスタートが切れたと思います。